トム君の書評

日々の生活の中での書評

東上線 各駅短編集

 著者:廣野すぐり              分野:小説/エッセイ

出版:まつやま書房             定価:1200円+税

2012年10月 初版第一刷

2013年1月 初版第二刷

評価:★

実家がある東武東上線の各駅を記した本なので、当然評価は高くなるべきであるが、実際はそこまででない。確かに東武東上線は郊外を走る電車であまり派手なものではないが、私には子供のころから慣れ親しんだものなので、何とも言えない愛着がある。もともと東武東上線は、東上鉄道だったそうだが、その後東武鉄道に吸収された経緯があるそうだ。そのため、他の東武鉄道とは離れた独自の文化圏を作っている。また、さいたま市(昔の浦和・大宮)文化圏とはまたかなり違っている。今では、何しろ渋谷にも、自由が丘にも横浜にも一本で行けるのだからすごい。とはいっても、埼玉の中というのはお互いの交通の便がひどく悪くて、埼玉県民の一体感というのが感じられる機会というのはあまりない気がして残念に思える。

 この本は、東上線の各駅についての短編の小説と、区間区間の特徴を述べたエッセイからなっている。非常にマイナーな駅も含めてすべての駅について取り上げているのは非常に良い。小説のほうは、毎回全く異なる主人公になっていてその点はつまらなく感じる。数人の人物もしくは一組の家族などを使って、お互いをつなげられればもっとふくらみが出て良くなると思う。また、登場人物が平凡な市民ばかりであるのは良いと思うが、あまりにせこい小市民ばかりで、考えることといえば自分の出世が終わっただの、家族のこんなところが気に入らないだのそんなことばかりで変に自己満足に陥っていて、自分を省みたりもっと高めようという気持ちが感じられないのは気に入らない。書いているのも所詮はそんな人なのかという気分になってくる。そういえば、著者は男なのだろうか女なのだろうか? たぶん、男だと思うが、もし女なら小心な男心がよくわかっていて感心なことだと思う。

 しかし、良いところもある。よく取材されているので、沿線のことがよくわかる。自分が知っている道の描写だと嬉しくなってくるし、読んでいて歩きたくなる道も多い。最後の池袋はすべての短編の中でもきらりと光る佳作になっている。